介護入門

親の介護を見通す


10年以上前の頃、
わたしが親について考えていたことは
「介護」という概念ではなかったように思います。

その頃、
両親とも80代に入っていましたから、
「そろそろ面倒見ないと・・。」と
感じていた程度でした。

それは、ときどきの訪問で
感じていたことです。

行く度に感じたことは、
「家の中が汚くなってきた」
ということや、父が少し疑い深く
なってきたなということでした。

その頃から、介護という視点で
将来を見通せていたならば
少しは今と違った結果になっていたかと思います。

振り返れば、
介護に至るには、大きく分けて
2つの「老化」が始まるのだと思います。

1つには、認知症の始まり。
もう1つは、筋力の衰えです。

わたしのいとこが、経験から、
「大体年寄りは、ボケるか寝たきりになるか
どちらかだ。」と言ってましたが、
なるほどと思います。

 

認知症の始まり

認知症の兆候として、次のようなことが
よく挙げられます。

① 同じことを何度も言う。
② 忘れ物や探し物が多くなる。
③ 落ち着きがなくなり、怒りっぽく、頑固になる。
④ 料理を焦がすなど失敗することが増える。
⑤ 同じ服ばかり着たり、だらしない恰好や季節外れの格好が増える。
⑥ 何度も行った場所なのに、自分のいる位置がわからなくなる
⑦ 買い物の会計でお札ばかり出す(小銭がたまっていく)。
⑧ 作る料理の品数が減る、味が変わる。

この他にも、いくつかあるようですが、
上記のことは、わたしの親の上に現実に
起こったことなので挙げてみました。

①と②については、誰もが知っていることだし、
おそらく加齢とともに誰もが
「自分自身もそうではないか」
と感じることなので、
必ずしも認知症とは限らない
行動とも言えます。

わたしは、私自身①のような行動が
若いときから多いので、(即ち
人の話をよく聞かないという性格)
「また、同じことを言う!」とか
「また、同じことを訊く!」
という反応を嫌います。

学校に勤めていた頃は、よく後輩に
「子どもが同じことを聞いてくる
ということは、
理解できてないということだから、
子どものせいにしないで、
自分の指導力不足と思おう。」
などとアドバイスしていました。

なので、もし老人に(老人でなくても)
①や②のような行動が見られても、
咎めたりせず、優しく対応してほしいと
思います。

私自身なるべく両親に対して
そのように接してきました。

しかし、むずかしいのは、本当に
それでよかったのかということです。

もしかすると、
もっと早く認知症の治療を始め
られていたかもしれないのです。

①②を見逃して(大目に見て)しまい、
ずるずると、③以下も
「そんなものかな・・。」と
見逃してしまいました。

というか、
父の頃は、今ほど認知症に対して
余り問題視していなかったので、
「治療」という方向に目が向かなかったのです。

父の晩年、父を循環器系の診察で大学病院に
連れて行った時のことです。
(「連れていく」ということ
自体、すでに問題なのですが、)

診察室前のソファで番を待っていた時、
父が「トイレに行ってくる。」と言いました。

ところが、なかなか帰ってこないので、
探しに行くと、ウロウロしている父を
発見しました。

その日の診察の結果は、
異状なしということでしたが、
「わかんなくなっちゃった。」
と言う父には、初めて循環器系ではなく
認知症の診察が必要ではないかと感じました。

さらに、父の運転で父のお気に入りの
遠方にあるうどん屋に行った時、
道路の中央を走ったり、
踏切で止まらなかったりということがありました。

父は、高齢者教習を受けた後、
免許センターに更新に行きました。

センターに行ったときも
心配で一緒について行った母の話では、
道に迷ったということですから、
もう免許証を更新できないだろうな、
とタカをくくっていましたら、
それがすんなりと通ってしまったのです。

厳しくなった今の制度なら
恐らく通らなかったのでしょう。

更新後、幸いと言うか、
大きな事故を起こすこともなく
父は他界しました。

そのようなわけで、
父に対しては甘かったというか、
本人には言い出しにくいまま
結局、何ら認知症の治療を受けさせることなく
死なれてしまいました。

しかし、
もっと長生きすると思われたくらい、
母よりも足腰丈夫に死の前日まで元気に
過ごしていましたし、
認知症も初期の段階で済み、
親戚の伯父や伯母のように徘徊するほどの
困惑や迷惑を掛けなかったことは
見習いたいくらい立派だったと思います。

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