介護入門 母の場合

母の介護履歴


わたしの母は、
同時代の女性と比べると
背が高めで脚も長く細めでした。

しかし、私たちを産んでからは
お腹を中心に太り気味で、
数年位前まではいわゆる西洋型の
太ったおばさんでした。

そんなわけで、家事のためには
よく動き回るものの
あまり歩いたり運動したりと
いうことは好みませんでした。

80代になると、足腰も弱くなって
家事も最低限のことしかしない
ようになって、家の中はだんだん
ゴミ屋敷に近くなってきました。

わたしは、訪問する度に
掃除をするようになっていました。

そのころ、ちょうど介護制度が
整い始めてきて、デイサービスにも
喜んで通い始めました。

父はそんな母を笑っていましたが、
一般的に女性はデイサービスに
抵抗がないように思えます。

それに対して、
父はいつも馬鹿にしていました。
実際にその必要がなかったのですが。

そんな父が突然先に他界してしまいました。

父の死後、
母のために介護用の改築をしました。

玄関に上がりやすいように
踏み台を置き、脇につかまるための
手すりを付けました。
そうした手すりは、廊下やトイレなど
各所に設置しました。

また、廊下と部屋の段差をなくすような
工夫もしました。
介護のための補助金がいくらだったか
忘れましたが、補助金以上を掛けて
工事しました。

そのころ、介護度は介護1になるかどうか
という段階でデイサービスには週2回
通っていたと思います。

ところで、母は年相応に定期的に
かかりつけの医院に通って、
様々な薬を飲んでいました。

そのうち、消化器関係が思わしくなくなって
入院するということになりました。

入院という事態は、老人にとって
危機的状況であることを
その頃のわたしは認識できていませんでした。

入院のきっかけとなる病気よりも、
入院生活による筋力の低下が
問題なのです。

母の場合、病気の(治療の?)結果、
内臓の力と言うか、生命力というか
最後には、胃ろうの状態になる
寸前まで来てしまいました。

病院の担当医師が、「治療は
やれるところまでやった。」
と言い、退院を促してきました。

そこで、地域包括支援センター
担当ケアマネージャーに相談しました。

わたしは就業中の身の上、
家で介護できる状態ではなかったので
何軒か近所の老人ホームを下見しました。

その中で最も「姥捨て山」的ではない
新しい施設の個室がいいと思い、
難色を示す母を説得して入所させました。

そのとき、介護度は要介護3だったでしょうか。
(つづく)

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