おいしく食べさせたい 最後の愉しみは食事

飲み込みの難しい母に食べさせる


母のように筋力が衰えてくると、
愉しみは食べることくらいしかなく
なってきます。

なので、
食事くらい自由にさせてやりたいと
願っています。

施設から家に連れてきて昼食のとき、
息子のわたしが食べさせる係ですが
なるべくゆっくり、母のペースで
食べられるよう配慮するように
しています。

それでもつい、飲み込みが完全に
終わらない内に次のものをスプーンに
載せて差し出してしまうことがあり、
家内に咎められてしまいます。

母は、食物を口に入れると
しばらく味わっているように
口を動かして、いつのまにか
飲み込むと言った具合なのです。

そんなわけで、
気がつくと昼食を始めてから
1時間以上経過していることが
普通です。

 

自分のペースで食べる幸せ

最近の母は、手指の筋肉も
衰えてきました。
使わなければ当然衰えるのでしょう。

なんとか手指が動くうちは
スプーンを持たせていました。
持たせると、自分のペースで食べる
ことができるからです。

ところが、施設での食事を見学させて
いただいたは、まだ手指が動くのに
食べさせているのを見たので、
「自分で食べられるので、なるべく
そうしてください。」と
頼んだことがありました。

しかし、施設も集団生活で決まった
時間で動くから仕方ないのでしょう。
建前は、「ゆっくり時間をかけて
いいのですよ。」と言ってくれますが、
わたしの目の前でも職員がスプーンを
動かしているのですから、
普段もそうしているということがわかります。

ある日、わたしが母の隣りに座って
スプーンを持たせて母のペースで
食べさせていたら、それを見て驚いた
職員がいました。

引き継ぎがないから、新しい職員は
最初から「自分では食べられない人」
という
先入観があったのでしょう。

母は、職員が食べさせてくれないとき
は当然お腹が空きますので、自分で
スプーンを取って食べていました。
スプーンがないかスプーンがあっても
使うのがもどかしかったのか、
手づかみで食べたことが何度かあった
ようです。

それは、わたしが訪問した時に母の手
指を見て想像できました。
指がカパカパにになっていたからです。

食後手を洗ってくれなかったんだと
いう不満よりも、それほどの食欲が
あることと、まだ自力で食べること
ができるんだという喜びが勝りました。

しかし、ミキサー食になってしまった
今の母は、ドロドロのお料理を手で
つかむことはさすがにできないで
しょう。

先日久しぶりに昼食に立ち会いました。
そのとき、母は出されたトレーを見て
「おしゃじは?」と声を上げました。

「おしゃじ」とはスプーンのことです。
確かにスプーンがなかったのです。

どうせ自分では食べられないからと、
始めから用意していなかったのか
どうかは分かりません。

母は、職員とわたしに
何か気づいてほしかったのでしょうか。

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